あまりに複雑になりすぎた社会
オリエの今日の日記( http://d.hatena.ne.jp/oriemon/20040627#1088319060 )を読んでふと思い出したことがある。
子供にダメだと教えるのは大切なことだ。けれど、なぜダメなのかを教えられない親が多すぎる。なんで理由を教えないの? そう聞いたら「云っても分からないから」と答えられたことがある。ダメだこいつ。そう思った。云っても分からないからって、自分の子供に対して責任を放棄してるってことだろ。んじゃ他人に迷惑かけないように首に鎖付けてくくり付けておいてくれ。
こういう親ほど、なんでも社会や他人のせいにしたがる。子供の判断力は子供自身が身につけるもの。それを手助けするのが親だ。なんかまた腹がたってきた。
オリエの言いたいことはわかる。そしてなぜ無責任な親が増えたのかを少し考えてみた。
というか、以前からよく考えていた問題ではあるのだ。知り合いと子供の話をしたり、実家の周辺での出来事を聞いたりするのをきっかけによく考えていた。オレの周囲にも無責任だと思える親はいっぱいいて、その人たちを見るたびに考えもしてきた。
結局、今の世の中があまりに複雑になってしまったのが主な原因だと考えている。30年も昔であれば、20歳を越えればすでに社会の仕組みがわかっていたはずだ。そして社会の仕組みがわかった後に家庭を持ち、子供が生まれていた。単純な考え方でもたいがいのことに対応できていた。
でも、今は違う。世の中が複雑なあまりに、まだ手探りの状態で家庭を持ち、子供を持つ人達が増えてきた。親自身が社会の仕組みを理解できておらず余裕もないから子供に何かを教えるだけのゆとりも自信もない。
オレ自身、ようやく社会の仕組みが全体的に見えたのは30歳を越えてからだった。サラリーマンとして5年間勤め、フリーとして2年間、会社にして3年。その時点でようやく社会全体が見えたと思えた。
大量の情報に翻弄されている人が多い。追い立てられるようにブランドや流行を追いかける人、ネットワーク商法や先物取引なんかの虚業にハマる人。私は何も知らないのと他人を頼り、責任を背負うことを放棄した人。いつでも自分が正しいんだと強弁する人。
社会の複雑化と同時期に、行き過ぎた個人主義も横行した。個を尊重する個人主義ではない。「あなたはあなた、オレはオレ」だから、オレにケチをつけるな、その代わりあなたに対しても何も言いませんといった間違った個人主義だ。中身はミーイズムでしかなく、そこには交流も協調もない。
タチの悪いことに、ミーイズムに侵された人達の集団は協調しているように見えてしまう。そこには軋轢が存在しないからだ。大きなトラブルが爆発するまで、ちゃんと協調できている集団と区別がつかない。
30代、40代になっても個人主義とミーイズムの違いに気づいていない人は多い。オレがよく迷惑をかけられている基板業者の人なんかはその典型だ。意見を表明しない、人の意見を聞かない、自分の主義を貫くのがかっこいいと勘違いしている。
ダラダラ書いてしまった。無理やりまとめよう。
まず社会が複雑になって、大量の情報が氾濫するようになった。そして個人主義というかっこいいラベルの貼られたミーイズムが横行した。
この二つが原因で、みんな耳をふさいでしまっているんだ。耳をふさがなければ大量の情報に押し流されてしまう。耳をふさがなければ他人の意見が飛び込んできて自分が否定されてしまう。
こんな人達が今、人の親となり、教師となっている。その中で次の世代はどんな風に生きていくんだろうか。半分楽しみで、半分不安だ。
いろんな若者がオレの背中を踏んでいってくれればな、と思う。